まだ名前のない感覚

まだ名前のない感覚

先日、あるお客さんが一冊のzineを持ってお店に遊びに来てくれた。彼が作ったというそれはいろいろな顔のあるオブジェを集めたzineで、民族的な背景を持つ木彫りから陶器の人形などありとあらゆる顔のコレクションが掲載されていて、写真だけでなくそれぞれのオブジェから連想された会話調のテキストが添えられている興味深いものだった。この本のことについてはまた後日紹介しますが、おもしろかったのでその中の一部を紹介したいと思います。

「ねぇ、あなたの好きなものを言ってみて。ただし、固有名詞の付いていないものだけ」男は目を細めて笑いながらいった。「何だよそれ?どうしてそんなことを聞くんだ?」「あなたのものの感じ方を知りたいから。あなたがこの世界をどう捉えてるかについて、私はすっごく興味があるわ」「ウウン……難しいな。たとえば君だったら何で答える?」「そうね。油をひいたフライパンに、豚の挽肉をぶちまけたときの”ジュワッ!”って音かしら」「ああ、なるほど。そういうヤツか。ええと……よし、それじゃあまず一つ。雨が降る、十分前の感じが好きだ」「それって、どういう感じ?」「真珠色の空が気だるく煙っててさ、わずかに湿った空気の中に、雨の匂いがうっすらと混じってるんだ。あの輪郭がぼけたような色褪せた雰囲気が、すごく好きだよ」「ふうん。それ、いい答えね」「いいかな?」「ええ。あなたのものの感じ方、とってもいいと思うわ」………


人型の陶器の花瓶が二つ並んだ写真に添えられたこの文章に、普段ぼんやり感じているあれこれを言語化する面白さに気付かされました。また、直感的に捉えた繊細なものを何かを通してアウトプットする、コミュニケーションの面白さを再確認するきっかけになりました。

前置きが長くなりましたが今回はmaryam nassir zadeh のブログです。
ひょっとすると、日常の忙しなさの中で目に留まらないような風景を、ファッションというフィルターを通して気づかせてくれるようなブランドです。
といってもMNZは言葉を書き連ねることで伝わる部分があまり多くないブランドでもあります。
なので一点一点のアイテムをいくつかピックアップして、僕なりの目線で言葉にしたいと思います。拙い文章ですがお付き合いください。

まずはこちら。SCRIBBLE POUCH(落書きポーチ)。

 

ベルトでウエストに巻くスタイルのバッグは、アウトドアシーンではごくありふれたものですが、マリヤムの世界観の中でのそれはNYの街に溢れるストリートグラフィティを描く際に、アーティストたちが持ち歩くペンを入れるためのもののようです。NYストリートシーンの背景を引用しながらも、その土臭さよりもエレガントな印象を強調したバランス感がなんともマリヤムらしい。最低限の容量を確保しながら、身軽に出かけたくなるようなポーチです。取り回しの良さからサブバッグとして使うのも良さそうです。


次にこのベルト。



今シーズンのアイテムで個人的に一番面白いと思ったアイテムです。2種類のレザーをチェーンのように繋げたこのアイテムは、バックのトップで留めるもの。ハードな小物というイメージのあるレザーベルトを、リンクした曲線でソフトかつフレキシブルなアイテムとして提案するマリヤムのアイディアにはハッとさせられます。フロントのループにキーホルダーやアクセサリーを垂らしたり、思い切ってバッグのハンドルに差し替えたり、使い方の想像が膨らむ面白いアイテムだと思います。マリヤムのもつルーズな空気感をスタイリングのスパイスに取り入れてもらえたら、と。


そしてこのサンダル。

靴のデザインにも定評があるMNZですが、このサンダルはその中でも何かグッとくるものを感じます。ヒールのあるスクエアトゥのトングサンダル。上品なパターンにハラコレザーを使った、ワイルドでありながらもどこか儚さを感じさせる、MNZらしい一点です。
先日ニューヨークのギャラリーBridget Donahueにて行われたSusan Ciancioloのランウェイショーでは、デザイナーのマリヤム自身も彼女の娘と共にモデルとしてランウェイを歩き、彼女の靴もルックのスタイリングとして取り入れられていました。併せてご覧いただけると、マリヤムの靴、ひいては彼女が身を置くNYのコミュニティとその空気感を感じていただけると思います。

とあれこれ拙い言葉を繋ぎながら紹介させていただきました。ファッションにおいて言語化はある種の副次的な役割を持つと思いますが、その時の気分や感情などの感覚を、身につけるもので表現するのがファッションです。MNZ が提案するアブストラクトで言葉での表現が比較的機能しないアイテムこそ、まだ名前のついていない感情や感覚をファッションを通して表現するツールとして適していると僕は思います。

言語化することは思考を単純化して伝えることだとはいつかの先生が言っていましたが、マリヤムを身につけることはまだ名前のない感覚をファッションを通して表現することである気がします。

ブログで紹介しきれなかったアイテムも併せて店頭に並んでいるので、是非直にその空気感を感じ取っていただければと思います。

 

永田

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